cntwork.com は、実際に運営者が訪れた国・都市での体験をもとに、海外旅行・グルメ・最新テクノロジーに関する情報を発信している 個人運営のブログサイト です。

戦国和風ファンタジー『火と花の狭間に』第一章|密使となった姫の物語

2026年6月20日土曜日

サブカルチャー ブログ 生成AI

t f B! P L

火と花の狭間に

第一章 霞の中の密使

 夜霧が濃かった。

 朱音は杉林の縁に身を潜め、眼下に広がる敵陣をじっと見つめた。篝火が点々と並び、その橙色の揺らめきが、霞廻の山々を照らしている。あの光の数だけ、槍がある。あの光の数だけ、自分を殺すつもりの男たちがいる。

 怖くないと言えば嘘になる。

 だが今夜の朱音に、怖いと感じている暇はなかった。

 「行きます」

 小声で告げると、背後の暗がりから鈴葉が小さく息を飲む気配がした。

 「あかね様……本当に、一人で?」

 「二人で動けば二倍、目につく」

 それだけ言って、朱音は頭巾の端を結び直した。身につけているのは農家の男の古着だ。帯は細く、刀は一本だけ、脇差ほどの長さのものを背に隠している。鏡があれば、どこにでもいる若い下男にしか見えないだろう。そう計算して、三日かけて用意した。

 「もし夜明けまでに戻らなければ」と朱音は言いかけて、止めた。

 続きを鈴葉に言わせたくなかった。

 「戻ります」と言い直した。「必ず」

 鈴葉は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。朱音はそれ以上振り返らず、霧の中へ踏み出した。


 牙嶋の陣は、思ったより整然としていた。

 乱雑な軍というのは、だいたい夜に本性を現す。番兵が酒を飲み、火の番が眠り、物見の間隔が乱れる。霞廻の砦でもそうだった。しかし牙嶋の陣は、篝火の間隔が均等で、番兵の歩く速度すら一定に見えた。

 (軍の質が高い。あるいは、厳しい軍律か)

 どちらにせよ、厄介だと朱音は思った。

 陣の外周を静かに回りながら、兵たちの動きを読む。番兵が角を曲がるたびに七十ほど数える。次の番兵が現れるまで、百四十ある。その隙間が、朱音に与えられた時間のすべてだ。

 目当ては軍議の天幕、陣の中央やや奥、大将旗の近くに張られているはずの幕舎だった。父・典之進から渡された手書きの略図には、そう記してある。「兵站の記録と、春の進軍路が書かれた巻物がある。それを持ち帰れ」と父は言った。落ち着いた声で、まるで朝餉の献立を告げるように。

 朱音は今でも、その声の静けさが引っかかっている。

 しかし今は考えるときではない。

 隙間を縫って、するりと陣の中へ入り込んだ。


 兵たちの間を通り抜けるのは、存外難しくなかった。

 俯いて歩けば、誰も顔を見ない。手に空の水桶でも持っていれば、水汲みの雑用係にしか見えない。人間というのは、怪しいと思わない限り、怪しいものを怪しいと気づかない生き物だ。それもまた、父に教わったことだった。

 幕舎まで、あと二十歩ほど。

 そのとき、朱音の足が止まった。

 幕舎の入り口に、人が立っていた。

 番兵ではなかった。番兵なら巡回する。しかしその人影は、柱に軽く肩をもたせかけたまま、夜空を見上げていた。若い。篝火に照らされた横顔は、朱音と然して歳の変わらない男のものだ。装束は質素だが、腰の大刀の鞘が鈍く光っている。手練れの証拠だ。

 朱音は立ち止まったまま、視線を逸らした。

 気づかれていない。通り過ぎれば、それで済む。

 そう思ったとき、男がふいに口を開いた。

 「水桶が空だな」

 低い、しかし穏やかな声だった。

 朱音は一瞬だけ、全身が冷たくなるのを感じた。けれど表情には出さなかった。出さないことなら、幼い頃から得意だった。

 「井戸を探していたところで」と、できるだけ平坦な声で答えた。

 男は朱音を見た。篝火の揺れる中で、その目は妙に落ち着いていた。観察している、と朱音は思った。品定めではなく、もっと静かな種類の、観察。

 「井戸は東だ」と男は言った。「ただ」

 一拍、置いた。

 「この陣に、水汲みの下男は三人しかいない。お前の顔に、見覚えがない」

 沈黙が落ちた。

 篝火が揺れた。どこか遠くで、馬が嘶いた。

 朱音は静かに、脇差に手をかけた。男の目が、その動きを追った。しかし抜かなかった。抜こうとしなかった。ただ朱音を見ていた。まるで、どうするかを、委ねるように。

 「斬るつもりなら」と男は言った。「もう少し早く手を動かしたほうがいい」

 朱音は手を止めた。

 男は柱から肩を離し、一歩だけ前へ出た。

 「俺は牙嶋 蒼介という。次男だから、捕まえてもたいした身代金にはならないぞ」

 そう言って、わずかに笑った。

 朱音は、その笑い方が不思議だと思った。敵を前にした笑い方ではなかった。もっと別の、疲れたような、しかしどこかほっとしたような笑い方だった。まるで、こういう夜を、ずっと待っていたかのような。

 「……霞廻朱音」

 気づいたら、名を言っていた。

 蒼介はしばらく黙って朱音を見た。それから、もう一度だけ笑った。

 「そうか」と言った。「藩主の娘が、自ら来たか」

 その声には、責めるものも、嘲るものもなかった。

 ただ、どこか、悲しそうだった。


── 第一章、了

人気記事

Welcome



はじめまして!
フリーテーマの記事をのびのび更新します!!

このブログは、実際に訪れた国や都市での体験をもとに、 海外旅行のリアルな情報・注意点・感じたことを記録している 個人運営の旅行ブログです。

人気の記事

人気の記事

火と花の狭間に 第四章「二度目の夜」|第三の黒幕と揺らぐ信頼、朱音と蒼介が掴んだ新たな真実

火と花の狭間に 第四章 二度目の夜  約束の夜が来た。  朱音は今度、水桶を持たなかった。  持っていく必要がなかった。蒼介が陣の外周に、朱音だけが気づけるしるしを残しておくと言っていた。杉の木の根元に、白い小石を三つ並べる。そこから十歩、真東へ進めば、番兵の巡回が重な...

記事を読む

主な掲載内容

グルメやプログラミング、明日話したくなるような会話のネタを発信しています。旅のコツなどをわかりやすく解説します。

このブログを検索

アーカイブ

QooQ