職場コメディ小説 / エンジニアあるある
レビュー地獄の歩き方 ― エンジニアのドキュメントレビューあるある小説
四十七項目の指摘を全部直したのに「誰にもレビューされてない」と言われた新人エンジニアの、仕様書レビューをめぐる職場コメディ。
「ドキュメントレビューで細かい指摘を全部直したのに、なぜか『レビューされてないみたい』と言われた」——そんな、多くのエンジニアが一度は経験する仕事あるあるを題材にした短編小説です。
この記事で分かること
- 文章の精度を見るレビューと、構成の分かりやすさを見るレビューの違い
- 仕様書・ドキュメントレビューで指摘の基準がズレる理由
- 新人エンジニアが実践できる「良いドキュメントを書くための3つの質問」
01仕様書地獄の始まり ― エンジニアの日常とドキュメント作成あるある
キーワード: エンジニア あるある / 仕様書作成 / ドキュメントレビュー
コーヒーメーカー前の会話
エンジニアという生き物は、コードを書くために生まれてきたはずなのに、実際の仕事時間の半分近くは「文章を書くこと」に費やされている——これは入社三年目の芝浦悠人(しばうら・ゆうと)が、最近しみじみと実感している真理だった。
株式会社ノヴァテックの開発フロアは、朝十時を過ぎてもまだ半分近くの席が空いている。フレックス制なのをいいことに、みんな自分のペースで出社してくる。悠人は珍しく九時半に出社し、コーヒーメーカーの前で先輩の遠藤真央(えんどう・まお)と鉢合わせした。
「悠人くん、早いね」
「今日は例のドキュメント、遠藤さんにレビューしてもらう約束だったので」
「ああ、あれね」遠藤は目を細めた。彼女はチームで最も「文章にうるさい」ことで有名だった。コードレビューよりもドキュメントレビューの方が厳しいと、社内では半ば伝説になっている。
悠人が今取り組んでいるのは、新しく導入する社内APIの仕様書だった。リーダーの黒田さんから「他部署のエンジニアが読んでも迷わないように、丁寧にまとめておいて」と頼まれたのが二週間前のこと。悠人は張り切って、三日かけてドラフトを書き上げた。
そして今日、遠藤に初稿を見てもらう日だった。
先輩・遠藤真央のドキュメントレビュー四十七項目
会議室に移動すると、遠藤はノートPCを開き、悠人の書いたドキュメントを画面いっぱいに広げた。すでに大量のコメントが挿入されている。
「じゃあ、上から順にいくね」
「お、お願いします……」
悠人は覚悟を決めて椅子に座った。遠藤のレビューは伝説どおり、恐ろしく細かかった。
「まず、この『APIを叩く』って表現。社外向けにも流用する可能性があるから、『APIを呼び出す』に統一しよう」
「はい」
「このリクエスト例、末尾のカンマが余ってる。JSONとしては動くけど、コピペで使う人が混乱するから削除しておいて」
「はい……」
「あと、この『エラーが返る場合がある』って書き方、あいまいすぎる。どんな条件で、どんなステータスコードが返るのか、表にして」
「なるほど、たしかに」
「見出しのレベルがH2とH3で混在してる箇所がある。目次生成がおかしくなるから統一して」
「……はい」
→ これは「文章としての精度」を磨くレビューであって、「初めて読む人が迷わず理解できるか」を見るレビューとは別物——というのが、この物語の伏線になる。
会議室を出るとき、遠藤は最後にこう言った。
「細かいこと言ってごめんね。でも仕様書って、後から読む人のためのものだから。私がこれだけ言うのは、悠人くんの書いたものがちゃんと『育つ』見込みがあると思ってるからだよ」
その言葉に、悠人は妙に感動してしまった。よし、絶対に全部直そう、と心に誓った。
02完璧に直したはずが「誰にもレビューされてない」と言われた話
キーワード: レビュー 基準 / 仕様書レビュー / 職場あるある
指摘事項を一つも取りこぼさず反映した二日間
その日の午後から翌日の夜まで、悠人はほぼドキュメントの修正だけに時間を費やした。四十七項目の指摘を、一つも取りこぼさないように丁寧に反映していく。
用語集を作り、表現を統一し、リクエスト例のJSONは実際にパーサーに通して構文エラーがないか確認した。エラーコード一覧は表組みにし、色分けまでした。見出しレベルも整理し、目次も自動生成されるようにMarkdownの構造を組み直した。
作業を終えたとき、時刻は夜十一時を回っていた。画面に映る仕上がったドキュメントを見て、悠人は静かな達成感に包まれた。
「これはもう、隙がないぞ」
念のため、翌朝もう一度読み返し、誤字を二箇所見つけて直した。それから満を持して、Slackでリーダーの黒田さんにファイルを送った。
「黒田さん、API仕様書の初版ができました。遠藤さんに細かくレビューしてもらって、指摘は全部反映済みです。ご確認お願いします」
送信ボタンを押した瞬間、悠人は妙な高揚感を覚えた。まるで受験の答案を提出したときのような、あの独特の緊張と解放感だ。
リーダーからの衝撃の一言
返事が来たのは、その日の夕方だった。黒田さんが悠人のデスクにやってきて、ノートPCの画面を見せながらこう言った。
「悠人くん、これ見たんだけど……正直に言うと、誰にもレビューされてない文章みたいに見えるんだよね」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「え……あの、遠藤さんに四十七項目も指摘をもらって、全部直したんですが」
「うーん、そうなんだ。でも構成が頭に入ってこなくて。読んでいて『結局これは何のためのAPIなんだっけ』って何度も迷子になる。あと、専門用語の説明が足りなくて、他部署の人が読んだら詰まると思う」
→ 誤字・表現の精度=レビューA、構成・読者理解=レビューB。この二軸を混同すると、悠人のような徒労感が生まれる。
悠人は頭が真っ白になった。四十七項目の指摘を一言一句反映したはずのドキュメントが、「誰にもレビューされてないみたい」と言われる。この世界に一体どんな理不尽が存在するのか。
「あの、遠藤さんには本当に細かく見てもらったんですけど……」
「うん、遠藤さんのレビューは間違ってないと思うよ。でも、彼女が見てるのは主に『文章としての精度』なんだよね。私が見てるのは『初めて読む人が迷わず理解できるか』っていう構成の話。別のレイヤーの話をしてるんだと思う」
黒田さんは悪気なく、あっさりとそう言った。悪気がないぶん、悠人の胸には妙な虚無感が広がった。
03レビューの基準は人それぞれ ― 職場あるあるな悩み相談
キーワード: 職場コメディ / SE 小説 / レビュー基準の違い
同期・三ツ矢との自販機トーク「道に迷う地図」
その夜、悠人は同期の三ツ矢(みつや)と社食の自販機コーナーでぼやいていた。
「四十七項目だよ、四十七項目。カンマの位置まで直したのに」
「うわ、それは徒労感すごいな」三ツ矢は缶コーヒーを開けながら苦笑した。「でも分かる気がする。レビューって『何を見るか』の基準が人によって全然違うんだよな。うちのチームなんて、リーダーによってPRの通し方が真逆だったりするし」
「そもそもさ、遠藤さんは間違ったこと言ってないんだよ。用語は統一されてるし、誤字もない。表現も丁寧になった。なのに『レビューされてないみたい』って言われるの、意味わかんなくない?」
「たぶんさ」三ツ矢は少し考えてから言った。「悠人が磨いたのは『文の精度』であって、『伝わる構成』じゃなかったんじゃない? 完璧な日本語で書かれた、道に迷う地図、みたいな」
「道に迷う地図って、なんだよそれ……的確すぎて腹立つ」
悠人はため息をついて、自販機のボタンを無意味に眺めた。炭酸飲料のボタンが、なぜか壊れかけの信号機のように点滅していた。
リーダーに直接聞いてわかった、レビューの本当の目的
翌日、悠人は思い切って黒田さんに時間をもらい、あらためて聞いてみることにした。
「黒田さん、率直に聞きたいんですけど、良いドキュメントの基準って何なんですか。遠藤さんの言うことを全部聞いたのに、黒田さんには全然違う評価をされて、正直混乱してます」
黒田さんは少し驚いたような顔をして、それから笑った。
「あ、それ聞いてくれて助かる。実は私、最初に頼んだときに伝えるべきことを伝えてなかったなって、あとで思ったんだよね」
「と、言いますと」
「私が欲しかったのは『他部署のエンジニアが、初見で迷わず使えるドキュメント』。だから本当は、書き始める前に『想定読者は誰で、その人はどれくらいの前提知識を持ってるか』をすり合わせるべきだった。そこを飛ばして『丁寧にまとめて』としか言わなかったのは、私の説明不足」
「……なるほど」
「遠藤さんは遠藤さんで、渡された文章を『正しい日本語、正しい構造』にする達人だから、そこを徹底的に磨いてくれる。それはそれですごく大事な工程。でも、それは『地図の文字が読みやすいかどうか』のチェックであって、『そもそもこの地図で目的地にたどり着けるか』のチェックとは別物なんだよね」
悠人は思わず唸った。
「三ツ矢の言ってた『道に迷う地図』、まさにそれだ……」
「誰の言葉?」
「同期です。的確すぎて悔しい発言をされました」
黒田さんは声を出して笑った。
04仕事で学んだドキュメントレビューの教訓、新人へ伝える
キーワード: 仕様書の書き方 / 新人エンジニア / レビューのコツ
三つの質問で変わった仕様書の書き方
その日から悠人は、ドキュメントを書く前に必ず「三つの質問」をするようになった。
一、想定読者は誰か。
二、その読者は何を知っていて、何を知らないか。
三、読み終えたときに、読者は何ができるようになっているべきか。
この三つを最初に確認してから書き始めると、驚くほど筆が迷わなくなった。構成の骨格が先に決まるので、細部の表現を磨く遠藤のレビューも、以前よりずっと効果的に機能するようになった。むしろ、骨格がしっかりしているぶん、遠藤の細かい指摘が「文章の完成度をさらに一段引き上げる仕上げ」として綺麗にハマるようになったのだ。
三週間後、悠人は改訂版のAPI仕様書を提出した。黒田さんの反応は、以前とは打って変わったものだった。
「これ、めちゃくちゃ読みやすい。他部署の人にも渡せそう」
「本当ですか」
「うん。しかも遠藤さんの細かいチェックも入ってるから、文章としての精度も高い。二人のいいとこ取りって感じ」
悠人は思わずガッツポーズをしそうになったが、隣の席の遠藤に見られていることに気づいて、なんとか堪えた。遠藤は画面越しにこちらを見て、にやりと笑った。
「悠人くん、成長したね」
「遠藤さんのレビューのおかげです、本当に」
「いやいや、あなたが黒田さんにちゃんと聞きに行ったからでしょ。私は聞かれたことにしか答えられないからね」
その言葉は、悠人の胸にじんわりと染み込んだ。レビューというのは、結局のところ「聞かれたことに答える」行為なのだ。だとしたら、良い答えを引き出すために大事なのは、良い質問をすることなのかもしれない。
半年後、新人指導係になった悠人が伝えたこと
半年後、悠人は新入社員の指導係を任されることになった。初めての一対一ミーティングで、彼はこう切り出した。
「ドキュメントを書くときはね、いきなり書き始めちゃダメだよ。まず三つ質問することを覚えて」
「三つの質問、ですか」
「想定読者は誰か。その人は何を知らないか。読んだあと何ができるようになっているべきか。この三つ」
新入社員は真剣な顔でメモを取った。悠人はふと、あの夜の自分——四十七項目の指摘を一言一句反映して、達成感に浸っていた自分を思い出し、少し照れくさくなった。
「あと、レビューしてくれた人が『何を見ているか』を意識するのも大事。文章の精度を見てる人もいれば、構成の分かりやすさを見てる人もいる。両方大事だから、どっちの意見も無下にしちゃダメだよ」
「先輩、なんか含蓄ありますね」
「痛い目見て学んだからね」
悠人は苦笑いしながら、自分のデスクに戻った。画面には、今まさにレビュー待ちの新しいドキュメントが表示されている。送信する前に、悠人は小さく独り言をつぶやいた。
「想定読者は誰か。読者は何を知らないか。読んだあと、何ができるようになっているべきか」
呪文のようなその三つの問いを唱えてから、悠人はレビュー依頼のボタンを押した。今度こそ、道に迷わない地図が書けているはずだと、静かに信じながら。
—完—
05まとめ ドキュメントレビューで意識したい3つのこと
小説「レビュー地獄の歩き方」から読み取れる、仕様書・ドキュメントレビューを仕事で活かすためのポイントを整理しました。
- レビューには「精度」と「構成」という別の軸がある。誤字・表現・用語統一を見るレビューと、読者が迷わず理解できるかを見るレビューは、目的が異なることを理解しておく。
- 依頼された時点で「想定読者」をすり合わせる。「想定読者は誰か」「その人は何を知らないか」「読み終えて何ができるべきか」の3つを先に確認すると、手戻りが大きく減る。
- レビュー基準の違いに振り回されず、聞きに行く。指摘の意図が分からないときは、レビュアーに「何を基準に見ているか」を直接尋ねることで、仕事の認識ズレは解消しやすくなる。
本作はフィクションです。登場する人物・企業名は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。






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