使われなかった質問リスト
待ち合わせの三十分前、俺はカフェの隅の席でスマホのメモ帳を開いていた。
画面には、几帳面に番号を振った質問がずらりと並んでいる。仕事のこと、休日の過ごし方、好きな音楽、犬派か猫派か——今夜のために、昨晩遅くまでかけて作ったリストだった。
初対面の相手と気まずい沈黙になるのが、昔から苦手だった。だから毎回、こうして「保険」を用意する。会話が途切れたら、次の質問を投げればいい。段取りさえ整えておけば、失敗しない。そう思っていた。
「お待たせしましたー」
顔を上げると、彼女が小走りで近づいてくるところだった。今日会う相手、美咲さんだ。息を切らしながら、少し照れくさそうに笑っている。
「全然待ってないですよ」
俺はスマホをそっと伏せて、リストのことは頭の片隅に追いやった。
乾杯をして、最初の一杯を飲み終える頃には、リストの出番はとっくに過ぎていた。
「今日、この後の泡パーティー、実はちょっと不安なんです」と彼女が言った。「泡まみれになるって、想像つかなくて」
「わかります。俺も初めてで」
「え、意外。もっと場慣れしてそうなのに」
「そう見えます?」
「なんか、落ち着いてるから」
俺は笑った。ポケットの中のスマホには、まさに今の彼女の言葉への模範解答が用意されていたはずだった。だが、そんなものを引っ張り出す必要はどこにもなかった。
彼女の話し方、間の取り方、笑うタイミング——そのひとつひとつが、次に何を聞きたいかを自然と教えてくれた。仕事の話から始まったはずが、いつの間にか彼女が学生の頃に飼っていた犬の話になり、それから二人とも人見知りだという打ち明け話になっていた。台本もカンペもいらなかった。
「ねえ、なんか変なこと聞いていいですか」と彼女が言った。「最初、緊張してました?」
「めちゃくちゃしてました。質問リストまで作ったので」
「え、うそ」彼女が身を乗り出す。「見せてください」
俺はスマホを取り出し、メモ帳を開いて見せた。びっしり並んだ五十個の質問を、彼女は目を丸くして眺めていた。
「すごい……ほとんど全部、聞かれなかったやつだ」
「そうなんですよ。一個も使わなかった」
「なんでですか?」
少し考えてから、俺は答えた。
「多分、聞く前に、もう知りたくなってたからだと思います。答えを」
彼女はしばらく黙って、それから小さく笑った。
「わかりあうって、質問の数じゃないんですね」
「そうかもしれません」
グラスの中の氷が溶ける音がした。窓の外では、これから向かう会場のネオンが滲むように光っていた。俺たちはまだ、行くべき場所へ向かってすらいなかったけれど、もうこの夜が、想像していたどんな段取りよりもずっといいものになる予感がしていた。
スマホの中の五十個の質問は、結局、笑い話として披露された以外、一度も本来の役目を果たすことはなかった。






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